「あれ、わんにょむも今ため息ついた?」
仕事から帰って深く息を吐いた直後、横で寝ていたわんにょむが、同じように小さくため息をついた瞬間がありました。
ある研究を読んで、その「真似」が、たぶん本当に真似だったと知った日の話を書きます。
わんにょむが、私のあくびに続けてあくびした朝
うちのわんにょむは、なんとなく私の行動を真似することがあります。
私が大きくあくびした直後、わんにょむも口を大きく開けてあくびする。 ソファに座って深呼吸した時、横でわんにょむもふぅっと息を吐く。 ストレッチで腕を伸ばすと、わんにょむも前脚をぐっと伸ばす。
そのたびに、私はちょっと笑ってしまう。 「お、真似してくれた」って。
でも、それを「偶然」と思って片付けてもいました。 犬は人を真似するほど認知能力高くないし、たまたまタイミングが重なっただけだろう、と。
それでも、何ヶ月か観察を続けていると、明らかにパターンとして出てきていることに気づきました。
ため息のあとの数秒以内に、わんにょむがため息をつく確率が、あまりにも高い。 あくびもそう。 ストレッチもそう。
これって、本当にぜんぶ偶然なのか?
カフェの常連さんも、同じことを話していた
「うちの子、私の動きを真似するんですよ」と話す飼い主さん、実はけっこういます。
「ソファに座ると同じ位置で寝る」 「私がコーヒー飲むと、自分の水を飲みに行く」 「ストレッチすると、横で同じポーズになる」
それを聞きながら、私は「やっぱり犬って、人を観察してるんだな」と思っていました。
でも、それが科学的に研究されているテーマだとは、ぜんぜん知りませんでした。
ある夜、検索バーに「犬 模倣 人 真似 研究」と打ち込みました。
「犬は目標指向の行動を模倣できる」と書かれた研究
たどり着いたのは、2019年に出た、犬の社会的学習に関する研究でした。
研究者たちは、犬が「人や他の犬の行動を真似することができるか」を、実験で確かめていました。 具体的には、目標を達成するための特定の動きを、犬が観察して真似できるかどうか。
研究の結論を要約すると:
犬は、目標を達成するための行動を観察し、その動きと結果の両方を学習できる。 ただし、犬の社会的学習は、状況や対象(人か他の犬か)によって、模倣(行動そのものを真似)と模倣的学習(結果だけを真似)が使い分けられる。
つまり、犬は単なる「条件反射」じゃなくて、他者の行動を観察して、それを自分の行動に取り入れる能力を持っている。 これは、人間の子どもの学習にも近い、高度な認知能力。
しかも、研究では「飼い主との関係性」が模倣の強さに影響するという話も出ていました。 強い愛着関係がある犬ほど、飼い主の行動をよく真似る傾向がある。
ということは、わんにょむが私のため息やあくびを真似ているのは、たぶん偶然じゃなかった。 わんにょむが私を真似ていた、というのが正しい解釈だった。
そして、その真似には、私との関係性が反映されていた、ということ。
「真似されている」と意識して、自分の動きが変わった
研究を読んでから、わんにょむの前での自分の動きを、ちょっと意識するようになりました。
特に、「ネガティブな動き」を見せないように。
例えば、仕事で疲れた時のため息を、わんにょむの前ではあえて見せないようにした。 イライラした時に手を強く動かすクセも、なるべく抑える。 ストレッチや深呼吸など、真似してほしい動きは、積極的にわんにょむの前でやる。
それは、わんにょむが私の動きを取り入れている、と知ったから。
私のため息が増えれば、わんにょむのため息も増える。 私が穏やかに動けば、わんにょむも穏やかに動く。 そういう「鏡のような関係」が、私たちのあいだに静かにあった。
これを意識し始めてから、わんにょむの行動が少し変わった気がします。 夜のリラックスタイムに、私がゆっくり深呼吸すると、わんにょむも同じリズムで呼吸を整える。 朝のストレッチで、私の動きをじっと見て、それから自分のストレッチを始める。
ちょっとした同期が、毎日の中で増えていきました。
「真似される存在」として、私自身を整える
カフェに来てくれる飼い主さんで、「うちの子、私を真似するんですよ」と話す方には、最近こうお伝えしています。
「それ、本当に真似してるみたいですよ。犬は飼い主の行動を観察して取り入れる能力があるって、研究で出てるみたいで」
驚かれることが多いです。 「偶然だと思ってた」と。
私もずっとそう思ってきたから、その表情がよくわかります。
「真似される」って、人間関係でも責任のあることだと思います。 親が子を、上司が部下を、先輩が後輩を。 そういう関係性のなかで、自分の振る舞いが相手の習慣や考え方に影響していく。
犬と人の関係も、たぶんそれと同じ構造を持っていた。 私の毎日の動きが、わんにょむの毎日の動きを、静かに作っている。
明日も、わんにょむの前で、なるべく整った動きをしようと思います。 それは、わんにょむが整った犬でいられるためでもあり、私自身が整った人間でいるためでもある。
「真似される存在」であることは、ちょっと身が引き締まることだけど、同時に幸せなことでもあります。 わんにょむが私を真似てくれるという事実が、私たちの関係の深さを、毎日確認してくれているから。
そう思って、今日もわんにょむの前で、ゆっくり深呼吸をします。