朝、カフェのカウンターに、シニアの愛犬と暮らしているお客さんが座りました。
いつもより、ちょっとだけ眠そうな顔をしている。
「昨日の夜ね、うちの子、なんだか意味なく歩いてたの。」
ラテを淹れる手を、ふと止めました。
「真夜中の3時くらい。リビングに出ていって、ぐるぐる、また戻ってきて、また出ていって。」
その方は、苦笑いしながら続けました。
「呼んだら、こっち見るの。でも目が、なんていうか、ちょっと迷子っぽくて。」
うちのわんにょむは、まだ5歳。 夜中に意味なく歩く、なんてことはありません。 でも、お客さんが話してくれた「なんだか目が迷子っぽい」が、私の頭にずっと残ったんです。
「気のせい」だけじゃ片付けられない、その小さな変化
その方の話は、それだけじゃありませんでした。
「最近、トイレ覚えてたはずなのに、ちょっとだけ場所外しちゃうことが増えてきて。」 「ごはんの時間がわかってるはずなのに、待ってる場所がいつもの場所じゃないこともある。」 「呼んでも、最初の1回目だけは反応しない、みたいなのが多くなった。」
ぜんぶ、決定的なことじゃない。 「年だからね」で笑い飛ばせる範囲のこと。
でも、毎日積もっていくその「ちょっと」が、その方には引っかかっていました。
「年だから、で済ませちゃっていいのかな、って」
その言葉に、私は何も返せませんでした。 わんにょむの未来も、たぶんいつかこういう日が来る。 そのとき私は、何が起きているのか、わかってあげられるんだろうか。
カフェを閉めて家に帰った夜、スマホで「シニア犬 夜中 歩く 意味なく」と打ち込みました。
あの「なんとなく違う」に、ちゃんと名前があった
検索の波を漂っていたら、シニア犬の認知機能についての2025年の総説論文にたどり着きました。
そこに書かれていたのは、「犬の認知機能不全症候群」と呼ばれる、加齢にともなう脳の変化のこと。
略して CDS、と呼ばれているそうです。
学者さんじゃない私には、ちょっとむずかしいところもあったんですが、書かれていた症状を読んで、思わず(あ)と声が出ました。
見当識の混乱(家の中で迷ったように見える) 社会的なやりとりの変化(呼んでも反応が薄い) トイレの粗相(覚えていたはずの場所を外す) 睡眠と覚醒のリズムの乱れ(夜中に起きて歩く)
これ、ぜんぶ、あの方が話してくれたことだ。
そして数字を見て、もう一段固まりました。
8歳を超えた犬の14〜35%、15歳を超えた犬の70%にこの変化が出る
びっくりするほど、多い。 これは「年だから仕方ない」で済まされてきたけれど、本当はずっと前から、たくさんの犬の体に起きていたこと。
論文を読み進めていくと、もうひとつ大事なことが書いてありました。 犬の脳の中では、人間のある病気——アルツハイマー型認知症——とよく似た変化が起きているらしい。 脳に「アミロイドβ」と呼ばれる物質が溜まり、神経の連絡が少しずつ届きにくくなっていく。
「気のせい」じゃ、なかった。 あの方の目は、ちゃんと、わんちゃんの脳の中で起きていることを見ていた。
「ある」とわかっただけで、見えてくる対策があった
論文を読み進めていく中で、もうひとつ救いがありました。 何もできない病気ではないこと。
研究では、いくつかの方向から脳のサポートが試されていました。
ひとつは食事。 中鎖脂肪酸(MCT)と呼ばれる油が、脳のエネルギー源としてはたらきやすい。 オメガ3脂肪酸が、脳の神経の柔らかさを保つのに役立つ。 抗酸化物質が、脳のサビをゆっくりにする。
もうひとつは、毎日の小さな新しさ。 パズルフィーダー(おやつを入れた知育おもちゃ)、散歩のコースを少しだけ変える、新しいおもちゃ、簡単なトレーニング—— こういう「考える時間」が、脳の神経の力を保つ手助けになるそうです。
しかも、食事と環境のどちらかだけより、2つを組み合わせたほうがはるかに効果が出ることも書かれていました。
「ぼーっとさせない」「毎日に小さな考えごとを混ぜる」。 それだけのことが、犬の脳には大きな贈り物になる。
私は読み終えて、ちょっとだけ、ほっとしていました。 完全に止められる病気じゃない。でも、ゆっくりにする手立てが、ちゃんとある。
翌朝、ラテと一緒に、その話をした
翌朝、その方が来店した瞬間、私はいつもより少し声をかけにくくなっていました。 重い話を背負わせたくないし、でも、知ったことは伝えたい。
ラテを淹れ終わってから、そっと切り出しました。
「昨日のお話、調べてみたんですけど。」
「年だから、じゃないかもしれないこと」だけは、伝えました。 そして、食事と毎日の小さな新しさが、ゆっくりにする手助けになることも。
「私もちょっとびっくりして」と言って、論文に書いてあった数字をいくつか伝えると、その方は少し驚いた顔をしました。
「そんなにいるの?うちの子だけじゃないんだ。」
その「うちの子だけじゃない」の一言に、ちょっと安心した表情が混じったのを、私は見逃しませんでした。 気のせいだ、私のせいだ、と背負ってきた重さが、ほんの少し軽くなった瞬間だったのかもしれません。
数週間後、その方は嬉しそうに教えてくれました。 獣医さんに相談して、ごはんを少し見直したこと。 毎日の散歩でちょっとだけ違う角を曲がってみていること。 夜中の徘徊は完全にはなくなっていないけれど、回数は減った気がする、と。
「気がする」を、私たちはまた同じテンションで、でも今度は前向きな意味で使いました。
わんにょむも、いつかこの話になる
家に帰って、いつものソファでわんにょむを撫でながら、ぼんやり考えていました。
この子は今、5歳。元気そのもの。 でも、8歳になり、10歳になり、15歳になる日が、いつか必ず来ます。
そのとき、「夜中に意味なく歩いてる」と私が気づくかもしれない。 「呼んでも最初の1回は反応しない」と思う朝が、来るかもしれない。
そのとき、「年だから」で笑い飛ばさなくていい言葉を、すでに私は持っている。
CDS、という名前。 犬の14〜35%にちゃんと起きている事実。 そして、食事と毎日の小さな新しさで、ゆっくりにできる手立てがあること。
知っているだけで、その日の私の動きが、たぶん少しだけ違うはず。
今日も、いつもの散歩道を、少しだけ違う方向に。
明日の朝、わんにょむを散歩に連れていくとき、いつもと違う方向に少しだけ曲がってみようと思います。 パズルフィーダーも、また引っ張り出してみようと思います。
5歳のうちから、脳の小さな新しさを混ぜておく。 それは「将来の予防」というよりは、ただ単純に、毎日が少し楽しくなることでもあって。
シニアになるって、なにかが衰えていく時間じゃなくて、 「整え方」が見えてくる時間でもある——と、論文を読み終えた私は、今は思っています。
カフェのあの方とわんちゃんの夜が、これから少しでも穏やかでありますように。 今日もカウンターの内側で、私は静かに祈っています。