「うちの子、攻撃的で困ってるんです」

カフェの常連さんがそう話してくれた時、私もうなずいて聞いていました。

ある研究を読んで、その「攻撃的」が、本当は別の名前で呼ばれるべきものだったと知った日の話を書きます。


撫でようとすると唸る、常連さんの愛犬

その方は、1歳の保護犬を引き取ったばかりの飼い主さんでした。 「家ではすごく可愛いんだけど、私が顔近づけると唸るし、撫でようとすると噛みつくみたいな仕草するんですよ」

その方は、ちょっと困った顔で続けました。 「気性が荒い子だから仕方ないのかな、と思って。でも、誰かが家に来た時もそうなって。本当に困ってます」

私は「気性が荒い犬っているのかな」と頷きながら、内心で(保護犬だと、たまにそういう子いるよね)と思っていました。

うちのわんにょむは、誰にも唸らない子。 だから、その常連さんの状況の深さを、たぶん本当には理解していなかった。

家に帰ってから、何気なくその方の話を思い返しました。 「顔を近づけると唸る」「撫でようとすると噛みつく」「来客にも」。

これって、本当に「気性が荒い」のひと言で片付けていい話なんだろうか。


「攻撃的な犬」と「怖がっている犬」、見分けられているか

ネットで犬の攻撃性について調べると、いろんな話が出てきます。

「支配的な犬は早めにしつけを」 「リーダーシップを示せ」 「危ない犬は専門家に」

そういう言葉を読んでいると、なんとなく「攻撃的な犬=強気で気性が荒い犬」というイメージが作られていく。 そして、それを「直さなければならない」という前提も。

でも、もう少し丁寧な記事を読むと、「攻撃性には複数のタイプがある」と書いてある。 支配性攻撃、所有物攻撃、テリトリー攻撃、痛みからの攻撃、そして恐怖からの攻撃

「恐怖からの攻撃」って、なんだか矛盾している言葉に聞こえました。 怖がっているなら、攻撃しないで逃げればいいのに、と。

でも、考えてみたら人間も同じ。 追い詰められた時、逃げ場がなければ、攻撃で身を守ろうとする。 犬も、それと同じ反応をしていてもおかしくない。

その夜、検索バーに「犬 攻撃性 恐怖 治療 研究」と打ち込みました。


「26%が恐怖性攻撃」だった、ある研究

たどり着いたのは、行動問題で病院を受診した284頭の犬を調べた研究でした。

研究者たちは、その中で「恐怖性攻撃(fear-motivated aggression)」と診断された犬を、詳しく分析していました。

研究期間中に284頭の犬が行動問題で紹介された。 そのうち73頭(26%)が恐怖性攻撃と診断された。

問題行動で病院に来た犬の4分の1以上が、「攻撃的」じゃなくて「恐怖から攻撃している」と診断されていた。

これは、私が想像していたよりずっと多い割合でした。

しかも、研究では恐怖性攻撃の犬たちの典型的な行動が、こう書かれていました:

  • 唸る、噛みつこうとする
  • 耳を下げる、尻尾を下げる
  • 低い姿勢を取る
  • 攻撃は家の中で起きやすい
  • 攻撃の引き金は、犬が近づかれた・触られた

——これ、まさにあの常連さんの愛犬の話。

「攻撃的な犬」のイメージは、堂々と立って吠える、強気の犬だった。 でも、恐怖性攻撃の犬は、体を小さくしながら、必死で身を守ろうとしている。 唸ったり噛むふりをするのは、「攻撃」じゃなくて「怖い、近づかないで」というメッセージだった。

しかも、研究では治療効果も報告されていました。 飼い主が「引き金になる刺激を避ける」「犬とのコミュニケーションを最適化する」を実践した結果、75%の犬で行動が改善した。

「気性が荒い犬」を「直す」のは難しいけど、「怖がっている犬の不安を取り除く」のは、ちゃんとアプローチがある。


常連さんに、後日この話を伝えた

数日後、あの常連さんがまたカフェに来てくれました。

私は、慎重に話を切り出しました。

「先日のお話、ずっと考えていて。 攻撃的な犬の中で、4分の1以上が『恐怖からの攻撃』って研究があるみたいで」

「うちの子の場合、顔を近づけると唸る、撫でようとすると噛むふり、家の中で起きやすいって聞いて、もしかしたらそれかもしれないなって」

その方は、ちょっと驚いた顔をしたあと、深く考え込みました。 「うちの子、保護犬で、前の家で何があったかわからないんですよ。 怖い目に遭ってたのかも」

そして、「『気性が荒い』で片付けて、無理に撫でようとしたり叱ったりしてた自分が、ちょっと申し訳ない気持ちです」と。

私は、研究で書かれていた治療のアプローチを、簡単に伝えました。

  • 引き金になる場面を避ける(無理に撫でない、急に顔を近づけない)
  • 犬から近寄ってきた時だけ、優しく触る
  • 唸ったらすぐ手を離す、罰しない
  • 専門家(獣医行動学の専門医)に相談する

その方は、しっかりメモを取って、「今日から試してみます」と。


「攻撃」じゃなくて「怖い」と読み替える目を持ちたい

その後、その方は獣医行動学の専門医に相談されて、少しずつ愛犬と信頼関係を作り直していると教えてくれました。

「最初の数週間はゆっくりだったけど、いまは私の手のひらを自分から舐めにくることもあるようになって」と。

その表情を見ながら、私は思いました。

攻撃的な犬」という言葉は、ときどき犬を傷つけている。 本当は怖がっているだけの犬に「攻撃的」のラベルを貼ると、必要なケアの方向が変わってしまう。

うちのわんにょむは、唸ったりしません。 でも、いつかわんにょむが何かを怖がって、「やめて」のサインとして唸るような場面が来たら—— 私はそれを「攻撃」と読み違えたくない。

この子は今、怖がっている」と読み替えられる目を、持っていたい。

カフェに来てくれる飼い主さんで、「うちの子、攻撃的で」と話す方には、最近こうお伝えしています。 「もしかしたら、攻撃じゃなくて怖がってるサインかもしれないので、行動の様子を観察してみてください。耳と尻尾の位置とか、姿勢とか」

驚かれることが多いです。 「えっそんな見分け方があるんですか」と。

私もずっと「気性が荒い犬」のラベルで片付けてきたから、その表情がよくわかります。

明日も、わんにょむと暮らしていきます。 そして、誰かの愛犬の唸り声を聞いたら、「この子は何を伝えようとしているのか」を、もう少し丁寧に見られる自分でいたい、と今は思っています。